癒す力をさぐる 東の医学と西の医学

民族の数だけ伝統医学がありますが、本書『癒す力をさぐる―東の医学と西の医学 (図説 中国文化百華)』(遠藤次郎、中村輝子、マリア・サキム著、農文協)では、伝統医学を大きくギリシャ医学系、インド医学系、中国医学系の3つに分け、それぞれの概略と中国医学とのかかわりについて書かれています。
ギリシャ医学はアラブ地域に伝わりアラブ医学(イスラム医学ともユナニ医学とも呼ばれる)として発展します。
その後アラブ医学はヨーロッパにも伝わり近代医学が出来るまでヨーロッパ・アラブ地域の中心的な医学でした。
中国医学とアラブ医学のつながりはイメージしにくいのですが、中国のウイグル族はアラブ医学の系統で中国医学では植物の地下部が多く使われるのに対し種子や果実を多用します。
三国志で有名な華佗は西域つまりアラブ医学の技術を持っていた(イラン人またはイラン人に医学を教わった中国人)とされています。
宋代に『和剤局方』という本が出版されます。
これは中国では基本的に一人一人の症状に合わせて薬の処方を考え煎じていたのを、あらかじめ薬を作り置きして患者に投与するというものでした。
また剤形もそれまでは湯剤、丸剤、散剤しかなかったのが『和剤局方』ではその他に丹、飲子、膏、餅子、煎、錠、雪など様々な剤形が収録されています。
多くの剤形があり、あらかじめ薬を作り置きしておくのはアラブ医学の特徴でもありますので何らかの影響があったとも考えられます。
インド医学はインドで生まれた医学で仏教とともに伝わりチベットをはじめ中国や日本にも影響を与えました。
インドでは地大、水大、火大、風大からすべてのものは成り立っているとし、身体では地大は肌・肉・骨などの固体を表し、水大は粘液・痰・冷性の体液、火大は胆汁・熱性の体液、風大は気液・体風素を表します。
四つに分けるところはギリシャ医学と同じですがギリシャは四体液論でインドは三体液論です。
中国との関係で面白いのは「痰」の字が中国で出来るのが唐の少し前の時代からでちょうどこの頃は仏教が盛んなときでした。(『金匱要略』にも「痰」の字は出てきますが後代にこの字に書き換えられたものでもともとは「淡」の字だったようです。)
つまり「痰」という概念はインド医学から伝わったということで、これが後に気血津液理論(日本漢方で言えば気血水理論)につながっていきます。
(2009年12月に紹介)

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